『今、話したい坂道がいる』を運営しております、のぎろぐ◢ ⁴⁶(@Nogi_log46)です。


今回は『「山下美月にフォーカスしたその知られざる過去と自身の内面の変化について、パーソナルな部分を紐解いて行こうと思います。

IMG_6952








僕たちは居場所を探して

FullSizeRender

2021年2月8日(月)から「Hulu」で独占配信された「僕たちは居場所を探して

乃木坂46 梅澤美波・久保史緒里・山下美月の3期生3名それぞれに密着した素顔に迫るドキュメンタリー


乃木坂46が10カ月ぶりのシングルを今年1月に発売しました。このタイミングでフロントに立ったのは、梅澤美波・久保史緒里・山下美月の3期生の3名。
フロントに立った彼女たち3名それぞれに密着したドキュメンタリー「僕たちは居場所を探して」を2月8日(月)からHuluで独占配信。 
①「僕たちは居場所を探して」梅澤美波 2月7日(日)24:30から独占配信開始
②「僕たちは居場所を探して」久保史緒里 2月14日(日)24:30から独占配信開始
③「僕たちは居場所を探して」山下美月 2月21日(日)24:30から独占配信開始
https://www.hulu.jp/static/nogizaka46-documentary-somewhere-we-can-be-ourselve



今回はその中で山下美月の語られなかった乃木坂加入前の自身の過去と、センターになるまでの気持ちの変化をまとめました。


アイドルとは何か?見られる職業をなぜ選んだのか?
周りのメンバーから見た彼女の印象と自分で語る内面の違いを追いながら、乃木坂46の新センターの姿に迫る。



3期生 山下美月

IMG_1780

山下 美月(やました みづき)
生年月日:1999年7月26日
血液型:O型
身長:159cm
出身地:東京都


26thシングル「僕は僕を好きになる」でセンターに選ばれた美月。
自分は真ん中にいる人間ではないと思っていたため、センターを目指したこと・なりたいと思った事は一度も無かったと言う。

ライブの際は、ステージに出てくると、まず初めに1番最上階の左端からファンの顔を見ます

自分のカラーである青と黄色のペンライトを端から探していき、自分のファンの位置をライブ中に覚えながら歌っているそうです。


「アイドルという職業に対して、今生きている自分の全ての時間を使って向き合っています。」

表も裏もアイドルだと言う美月。では、アイドルではない彼女は一体どこにいるのだろうか?


日常から芸能界へ

IMG_6957
東京生まれ、東京育ち。

一人っ子だった美月は、非常に大人しく、幼少期の動画でもずっと家の大きいテレビの前でアニメを見ているだけの映像ばかり。
人と関わることが苦手な彼女がアイドルを知ったのは小学6年生の頃。


父親がAKB48のコンサートに連れて行ってくれた。肉眼で見えるのは本当に米粒ほどだが、それでも、その米粒ですらとても輝いて見えた。「本当にいるんだ!」と思い、すごい感動し、ステージに立つ側の人間になりたいという気持ちが初めて芽生えた。

自ら何かを強く望んだのは初めてだったという。色んな人に気を遣う学校が好きでは無かったため、あまり馴染めなかった。
学校から一歩出た世界に行きたいという思いがあり、このままここにいたら、何もせずに人生終わっちゃうと12、3歳で思っていた。


実際に、小学3年生の頃からアイドルが好きで、2012年には、「AKB48」前田敦子さんの卒業コンサートも観に行くほど、「AKB48」に憧れていたそうです。そして、2013年には、自らも「AKB48第15期生オーディション」に応募するのですが、残念ながら不合格。


ちょうど同時期に受けていたレプロアスター(「レプロエンタテインメント」の系列の芸能事務所)の「レプロ次世代スターオーディション」には合格し、レプロアスターに所属する事となる。


※「レプロアスター」時代の写真


念願の芸能事務所に所属するも、毎月自分でお金を払いレッスンを受ける。学校が終わると制服のまま電車に2時間揺られる日々。
オーディションは山ほど受けたという。100回受けたとしても受かるのは1つだった。


人生で初めての挫折


FullSizeRender

そのうち学校に芸能活動をしている事が広まると、無視や陰口を言われ、仲間外れにされることが増えた。


ある日教室に入ると、自分の見た目などを侮辱・非難する言葉が黒板一面に書かれていた。

さすがにキツくなった美月は、親に心配をかけたくないと思い、芸能事務所を辞める事を決断。
「出る杭は打たれるんです」と語った。

しかし心の中の炎はまだくすぶり続けていた。
人生で初めての挫折を経験し、ずっとどこかでいつかあの時の挽回をしなきゃという気持ちがあった。


2015年、「欅坂46」の第1期生オーディションを受けるが、不合格。
美月が高校2年生となった2016年9月、受験勉強前の運試しとして最後のチャンスと思い「乃木坂46」の3期生オーディションを受けると、見事合格。
晴れて、乃木坂46の一員となった。


乃木坂を辞めなかった理由


IMG_1778

乃木坂に入る前に感じていた芸能界は、ライバル同士の蹴落とし合いだと思っていた美月。

しかし乃木坂に入り、「こんなにみんな優しいんだ。」と、凄く居心地が良かったと言う。

そんな乃木坂で彼女を苦しめたのは、理想とするアイドル像と自分自身との大きなギャップだった。
美月が思うアイドルが向いている人は「素の姿を見せたり、飾らない自分をカメラの前で表現できる人

それとはかけ離れた自分に嫌気がさし、ぶん殴られた気分だった。
そこで美月は、プロとして自らアイドルを演じ切る事を決意する。

乃木坂加入前から、怖い・近寄り難いと言われて来た美月は、
「じゃあずっと口角を上げていよう」と知らぬ間に作りあげた自分になっていた。
家に帰って顔を洗い、洗い終わって顔を上げると、鏡の自分の顔が笑っていたという。


そんな作り上げた自分で、連日早朝から深夜まで続くドラマの撮影や新曲の撮影。
ある日、言葉通り倒れ病院に運ばれる。自らを限界まで追い込んだ結果だった。

スタッフさんなどに迷惑をかけ、プロ失格だと感じ、心が折れた。
新曲「Sing out!」の活動を休止し、休業を余儀なくされた。


「休業するんだったら辞めます。みんなが頑張っているのに、1人だけ休みの期間をもらうなんて、そんなのは甘えだ」と思っていた。

しかし2ヶ月の休業期間を経て、2019年7月真夏の全国ツアーで活動を再開する事となった美月。
何故辞めずに活動を再開することが出来たのか。そこにはメンバーの存在があった。


3期生はもう運命共同体でひとりでも辞めたら全員が寂しがるって、みんな(3期生)が分かってる。 
誰でも辞めたいと頭をよぎったことはあると思うし、私もあります。 
でも心が折れかかった時に同期の中にいると安心できる、また頑張ろうと思える。 
辞めたいと言ったら泣きながら止めてくてるコ、泣きながら「あなたが幸せになれるんだったら止められない」と言ってくてるコもいた。 
そういう存在だから。


「自分を犠牲にしてまでファンの方を幸せにしようという気持ちはアイドルとして正解なのか。
自分がファンの立場になって考えた時、一緒に幸せになりたいから、自分が応援している子が傷ついている姿は見たくない。」
すごくプロとしてダメなことをしていると気づき、楽になったという。



自分の1番熱い部分は崖っぷちに立たされてこそ

IMG_6954

アイドルとして、プロとして自らを追い込み続けてきた美月。

転換期にある乃木坂46で、センターというポジションを務めることになった。

そこで頑張れないと他に私にできることなんて何があるんだと思っている。
「自分の1番熱い部分は、ギリギリに立たされてこそ底力として見える。精神的には来るものはあるが、そうでないと自分が自分ではいられない」

アイドルとしての自分と、本当の自分との境界する曖昧になりながら、何故これほどまでに身を削るのか。
「自分を好きになるにはこの方法しかない。この場所にいたら、自分を好きになれる気がする。12、3歳の頃に直感で感じた事を信じてあげたいと思い今も仕事をしている。いっぱい働いて、色んな人に笑って頂けたらなと思います。」


乃木坂46の先頭に立つ美月。
自分たちの居場所を見つけるために、ただ走り続ける。
僕は僕を好きになる。