今、話したい坂道がある

坂道グループに関して、様々な視点から情報をまとめています。 あなたの推しメン情報もきっとこの中に。



カテゴリ: 3期生


『今、話したい坂道がある』を運営しております、のぎろぐ◢ ⁴⁶(@Nogi_log46)です。


今回は『久保史緒里さんのブログ』について語っていきたいと思います!


5003




乃木坂46 4期生くぼしおり久保史緒里

乃木坂3期生 久保史緒里さんのブログは
「また書きますね。


 久保史緒里   」


と一旦ブログを完結させた後、最後に毎回素敵な文章が綴られています。
決意であったり、自分の胸の内にある熱い想いであったり、書かれる内容に毎回心を打たれています。




今回はそんな素敵な文章の中で私が特に良いと思ったものをピックアップしました。

以前にまとめた過去のブログ記事はこちらから







だいすきなひとは、
自分の心のピースのひとつです。
 
ひとつでも欠けてしまったら、
それは完成しないから、
きっと弱くなるんだと思います。
 
でも不思議ですね。
ここにいたら、
ちゃんと、強くなれる気がします。
 
絆創膏だらけでも、
逃げずにそこに自分が自分としていれば、
いつかは強くなれるんだと思います。
そう信じて、前だけを向きます。


引用:存在しない温度 | 乃木坂46 久保史緒里 公式ブログhttp://blog.nogizaka46.com/shiori.kubo/2020/11/058708.php


2020/12/30 想いを詰め込んだ引き出し

IMG_1613

時間をかけて生み出した言葉たち。
だけど、明日になれば、
また違う言葉が頭にはいます。
正解のない世界で、
何かを毎日生み出していく。
ここにきてから私は、
毎日、新しい感情に出会い続けています。
この愛おしい毎日を
アルバムにするよりも前に、
心に刻み、その全てを包み込みたい。
心に記憶し続ける方法を探しています。


引用:想いを詰め込んだ引き出し | 乃木坂46 久保史緒里 公式ブログhttp://blog.nogizaka46.com/shiori.kubo/2020/12/059592.php


2021/1/11 姿を見せない永遠 

IMG_1614

永遠のない世界で生き続けること。
それは、誰もが背負った運命だけれど、
乃木坂46に入って、
永遠が存在しないからこそ
生まれる美しさを知りました。
 
 
『つづく』ことは美しいと同時に、
終わりが来ることの寂しさと戦うこと。
痛みを伴うことでもあります。
 
そんな世界が、『つづく』ことを願う私。
私の使命が見えてきた瞬間でした。


引用:姿を見せない永遠 | 乃木坂46 久保史緒里 公式ブログhttp://blog.nogizaka46.com/shiori.kubo/2021/01/059705.php


2021/2/10 目で追いかけた音色

IMG_1767

私と付き合い始めて、
19年と半年が経ちました。
もう直ぐ20歳を迎えるという事実にばかり
目を向けてしまいますが、
19歳の私がとても好きです。
19歳になってから、
考え方が変わってきた気がします。
よく『10代のうちにやっておきたいこと』を
聞かれますが、
私は『10代に置いていきたいこと』の方が
多いです。
でも、19歳の私が、大人になる前に、
これから何十年先も私と付き合っていくために
大切なことをたくさん教えてくれます。
それらを抱えて、大人になることが今は楽しみ。
残り半年。
たくさんの景色を見て、
たくさんの人と話して、
出来るだけ多くのストーリーに
触れて生きていきたいと願います

引用:目で追いかけた音色 | 乃木坂46 久保史緒里 公式ブログhttp://blog.nogizaka46.com/shiori.kubo/2021/02/060044.php


2021/2/28 眠れぬ日々を共に

IMG_6975
1年前までは
「はい」と答えられなかった質問があります。
だけど
今ならば首を縦に振る事ができる。
笑顔で答えることができる。
正直、自分で理想を語りながらも、
そうなれるなんて、
思っていませんでした。
この経験をどう刻んで、どう返していこうか。
これから先の長い未来が楽しみになりました。


『僕は僕を好きになる』


なれました。


引用:眠れぬ日々を共に | 乃木坂46 久保史緒里 公式ブログ
http://blog.nogizaka46.com/shiori.kubo/smph/2021/02/060240.php


2021/3/9 求められたその先で

IMG_7016
いつの間にか、
求められた自分でいようと
頑張っていたんだな
よく頑張りました。自分。
その事実に気がつけるだけで、
心って本当に軽くなるのですね。
さて、お腹が空きました。
自分の食べたいものを、食べることにします。

引用:求められたその先で | 乃木坂46 久保史緒里 公式ブログ
http://blog.nogizaka46.com/shiori.kubo/smph/2021/03/060340.php


2021/3/26 クロシンリ

IMG_7046

少し、前へ進めた気がします。
ここがスタートラインと
何度も思えたこの期間、
この感覚をいつまでも忘れずにいたいです。
長らくお待たせしてしまいました。
5年。
スタートラインに立つのは
遅くなってしまったけれど、
その分、これからもっともっと
皆様の力になれるよう、努力します。
嬉しいです!やったー!!!!

引用:クロシンリ | 乃木坂46 久保史緒里 公式ブログ
http://blog.nogizaka46.com/shiori.kubo/smph/2021/03/060592.php



『今、話したい坂道がいる』を運営しております、のぎろぐ◢ ⁴⁶(@Nogi_log46)です。


今回は『3期生 久保史緒里さんが東日本大震災に対して綴ったブログ』をまとめました。


久保史緒里さんは自身が宮城県出身という事もあり、東日本大震災に対して非常に強い想いを持っています。
毎年3月11日になると、ブログを更新し、その想いを語ると共に、多くの方々の救いになる様な素敵な文章を綴ってくれます。

今回は久保史緒里さんが、乃木坂46に加入してから更新された3月11日のブログをまとめました。
少しでも皆様も救いになることを願っています。







2018/3/11  「3月11日」


2011年3月11日
 
東日本大震災から7年が経ちました。
 
この日を忘れることはこの先もありません。
この7年という歳月の中で、
本当に沢山の方々が、復興に向けて、
前へ前へ、
一歩一歩助け合いをしてきたこと、
その努力、計り知れないものです。
 
今、私がここでできることを
必死に探し、私自身も復興に向けて
何か出来ないか、考えながらこれからも
活動していきたいと思います。
 
地元東北。
今までもこれからも
たった一つの大好きで大切な地元です。
 
 
地震により犠牲になられた方々に心よりご冥福をお祈り申し上げますとともに、
被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。
 
 
久保史緒里

引用:乃木坂46 久保史緒里 公式ブログ
http://blog.nogizaka46.com/shiori.kubo/?p=1&d=201803


2019/3/11   「2019年3月11日」


東日本大震災から8年が経ちました。
 
私1人の力は、
本当に小さなものではありますが、
大切な地元宮城県、そして東北の為、
自分にできることがあると信じ、
この活動を続けていけたらと思います。
 
 
 
8年が経った今、
復興に向けて、一歩一歩、前へ前へと
進もうとしている方々のお力になるために、
私にできることは何か。
考えながら、
今を生きていることの幸せと
有り難みを噛み締め、
毎日を大切に生きていこうと思います。
 
 
 
震災により犠牲になられた方々のご冥福をお祈り致しますとともに、
被害にあわれた方々に心よりお見舞い申し上げます。
 
 
 
久保史緒里


引用:乃木坂46 久保史緒里 公式ブログ
http://blog.nogizaka46.com/shiori.kubo/?d=201903


2020/3/11  「2020.3.11」


東日本大震災から
今日で9年が経ちました。
 
 
 
当時、小学3年生だった私も
もう高校を卒業しようとしていると思うと
時の流れを感じます。
 
 
今ここに生きさせていただいていることの
有り難みをしっかりと噛みしめ、
1日1日、一瞬一瞬を
大切に生きていきます。
 
 
私は今東京にいます。
この地から、
大切で大好きなたった一つの地元 
宮城県・東北に向けて。
微力ではありますが、
一つ、
この活動を前を向いて続けていくことが
私にできることなのではないかと思います。
 
東北への愛は今も変わりません。
それどころか増し続けています。
 
この想いをお仕事を通しても
届けられるよう、
今後も活動に励んで参りたいと思います。
 
 
 
 
 
 
東日本大震災により、
犠牲になられた方々のご冥福を
お祈りしますと共に
被災された方々に
心よりお見舞い申し上げます。
 
 
 
 
 
 
久保史緒里
 
引用:乃木坂46 久保史緒里 公式ブログ
http://blog.nogizaka46.com/shiori.kubo/?d=202003


2021/3/11  「2021.3.11」


東日本大震災から
今日で、10年が経ちました。


この10年という歳月の中に、
数えきれない方々の想いがあり、
変わりゆくものも、
変わらないものもありました。






今でも鮮明に当時のことを覚えています。
目の前に広がる光景も、
ニュースで見た光景も、
音も、天気も、空も。
その記憶を残しながら、
今、東京の地で、
自分に何ができるのだろうと考える日々でした。







当時、私は小学3年生でした。
帰りの会の直後、
数人は既に帰宅途中でのことでした。


私は教室にいました。
雪の降る中、校庭に避難し、
親が来るのを待ち続けました。
普段、混むことのない道は、
非常に混雑していて、
10分の道のりも、
この日は1時間以上かかったそうです。
クラスの最後の3人にまでなり、
不安でいっぱいでした。


当時、しちりんで
雪を溶かして生活用水としたり、
お水が手に入らず、
炭酸水だけが残っていたので、
炭酸水で歯磨きをしたりしました。
父親と顔を合わせたのは1週間後のことです。


特に覚えているのは、音です。
当時、校内放送で聞こえてきた、
避難訓練とは全く異なる先生の声。
隣のクラスでは、
本棚が倒れていました。
今でも、
当時と同じように携帯電話が鳴り響くと、
怖くて怖くて、
どうしたら良いのかわからなくなります。
久しぶりに行った学校の校庭は、
地割れをしていて、
校庭で何かできる状況ではありませんでした。
その年、卒業生だった姉は、
母校での卒業式は叶いませんでした。


当時、
小学生だった私の目に飛び込んできた光景は
今でも全て、はっきりと覚えています。
その記憶を胸に、
今、ここに生きさせていただいている私に
何ができるのかを、
ずっとずっと考えていました。




自分には、
あの日のことを話すことなど許されない。
良いはずがない。そう思っていました。
しかし、風化させないこと。
その責任が、私にもあるのだと感じました。
あの頃、守ってもらっていた私が、
今年、成人を迎えます。
これからは、誰かを守れるように。
今、ここに生きていることは、
決して当たり前ではないということ。
その有り難みを、改めて噛み締め、
自分にできること、
与えられた使命を胸に、
前へ、進んで行こうと思います。







大好きな東北の地を離れ、
自分がこの場所で、
このお仕事をさせていただいている意味。
どこにいても、
東北のことは常に頭にあります。 
大切なたったひとつの地元。
大好きな大好きな東北の力に
少しでもなりたいと心から思っています。
その為に、今を懸命に生き、
この場所で、
活動を続けて行きたいと思います。
いつの日かこの想いが、
大切な地元まで届きますように。





このブログが、
未来へ繋がることを信じています。







東日本大震災により、
犠牲になられた方々の
ご冥福をお祈りいたしますとともに、
被災された方々に
心よりお見舞い申し上げます。




乃木坂46 久保史緒里

引用:乃木坂46 久保史緒里 公式ブログ
http://blog.nogizaka46.com/shiori.kubo/?d=202103






震災で被害を受けられた全ての皆さまに哀悼の意を表しますとともに、被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。



『今、話したい坂道がいる』を運営しております、のぎろぐ◢ ⁴⁶(@Nogi_log46)です。


今回は『「山下美月にフォーカスしたその知られざる過去と自身の内面の変化について、パーソナルな部分を紐解いて行こうと思います。

IMG_6952








僕たちは居場所を探して

FullSizeRender

2021年2月8日(月)から「Hulu」で独占配信された「僕たちは居場所を探して

乃木坂46 梅澤美波・久保史緒里・山下美月の3期生3名それぞれに密着した素顔に迫るドキュメンタリー


乃木坂46が10カ月ぶりのシングルを今年1月に発売しました。このタイミングでフロントに立ったのは、梅澤美波・久保史緒里・山下美月の3期生の3名。
フロントに立った彼女たち3名それぞれに密着したドキュメンタリー「僕たちは居場所を探して」を2月8日(月)からHuluで独占配信。 
①「僕たちは居場所を探して」梅澤美波 2月7日(日)24:30から独占配信開始
②「僕たちは居場所を探して」久保史緒里 2月14日(日)24:30から独占配信開始
③「僕たちは居場所を探して」山下美月 2月21日(日)24:30から独占配信開始
https://www.hulu.jp/static/nogizaka46-documentary-somewhere-we-can-be-ourselve



今回はその中で山下美月の語られなかった乃木坂加入前の自身の過去と、センターになるまでの気持ちの変化をまとめました。


アイドルとは何か?見られる職業をなぜ選んだのか?
周りのメンバーから見た彼女の印象と自分で語る内面の違いを追いながら、乃木坂46の新センターの姿に迫る。



3期生 山下美月

IMG_1780

山下 美月(やました みづき)
生年月日:1999年7月26日
血液型:O型
身長:159cm
出身地:東京都


26thシングル「僕は僕を好きになる」でセンターに選ばれた美月。
自分は真ん中にいる人間ではないと思っていたため、センターを目指したこと・なりたいと思った事は一度も無かったと言う。

ライブの際は、ステージに出てくると、まず初めに1番最上階の左端からファンの顔を見ます

自分のカラーである青と黄色のペンライトを端から探していき、自分のファンの位置をライブ中に覚えながら歌っているそうです。


「アイドルという職業に対して、今生きている自分の全ての時間を使って向き合っています。」

表も裏もアイドルだと言う美月。では、アイドルではない彼女は一体どこにいるのだろうか?


日常から芸能界へ

IMG_6957
東京生まれ、東京育ち。

一人っ子だった美月は、非常に大人しく、幼少期の動画でもずっと家の大きいテレビの前でアニメを見ているだけの映像ばかり。
人と関わることが苦手な彼女がアイドルを知ったのは小学6年生の頃。


父親がAKB48のコンサートに連れて行ってくれた。肉眼で見えるのは本当に米粒ほどだが、それでも、その米粒ですらとても輝いて見えた。「本当にいるんだ!」と思い、すごい感動し、ステージに立つ側の人間になりたいという気持ちが初めて芽生えた。

自ら何かを強く望んだのは初めてだったという。色んな人に気を遣う学校が好きでは無かったため、あまり馴染めなかった。
学校から一歩出た世界に行きたいという思いがあり、このままここにいたら、何もせずに人生終わっちゃうと12、3歳で思っていた。


実際に、小学3年生の頃からアイドルが好きで、2012年には、「AKB48」前田敦子さんの卒業コンサートも観に行くほど、「AKB48」に憧れていたそうです。そして、2013年には、自らも「AKB48第15期生オーディション」に応募するのですが、残念ながら不合格。


ちょうど同時期に受けていたレプロアスター(「レプロエンタテインメント」の系列の芸能事務所)の「レプロ次世代スターオーディション」には合格し、レプロアスターに所属する事となる。


※「レプロアスター」時代の写真


念願の芸能事務所に所属するも、毎月自分でお金を払いレッスンを受ける。学校が終わると制服のまま電車に2時間揺られる日々。
オーディションは山ほど受けたという。100回受けたとしても受かるのは1つだった。


人生で初めての挫折


FullSizeRender

そのうち学校に芸能活動をしている事が広まると、無視や陰口を言われ、仲間外れにされることが増えた。


ある日教室に入ると、自分の見た目などを侮辱・非難する言葉が黒板一面に書かれていた。

さすがにキツくなった美月は、親に心配をかけたくないと思い、芸能事務所を辞める事を決断。
「出る杭は打たれるんです」と語った。

しかし心の中の炎はまだくすぶり続けていた。
人生で初めての挫折を経験し、ずっとどこかでいつかあの時の挽回をしなきゃという気持ちがあった。


2015年、「欅坂46」の第1期生オーディションを受けるが、不合格。
美月が高校2年生となった2016年9月、受験勉強前の運試しとして最後のチャンスと思い「乃木坂46」の3期生オーディションを受けると、見事合格。
晴れて、乃木坂46の一員となった。


乃木坂を辞めなかった理由


IMG_1778

乃木坂に入る前に感じていた芸能界は、ライバル同士の蹴落とし合いだと思っていた美月。

しかし乃木坂に入り、「こんなにみんな優しいんだ。」と、凄く居心地が良かったと言う。

そんな乃木坂で彼女を苦しめたのは、理想とするアイドル像と自分自身との大きなギャップだった。
美月が思うアイドルが向いている人は「素の姿を見せたり、飾らない自分をカメラの前で表現できる人

それとはかけ離れた自分に嫌気がさし、ぶん殴られた気分だった。
そこで美月は、プロとして自らアイドルを演じ切る事を決意する。

乃木坂加入前から、怖い・近寄り難いと言われて来た美月は、
「じゃあずっと口角を上げていよう」と知らぬ間に作りあげた自分になっていた。
家に帰って顔を洗い、洗い終わって顔を上げると、鏡の自分の顔が笑っていたという。


そんな作り上げた自分で、連日早朝から深夜まで続くドラマの撮影や新曲の撮影。
ある日、言葉通り倒れ病院に運ばれる。自らを限界まで追い込んだ結果だった。

スタッフさんなどに迷惑をかけ、プロ失格だと感じ、心が折れた。
新曲「Sing out!」の活動を休止し、休業を余儀なくされた。


「休業するんだったら辞めます。みんなが頑張っているのに、1人だけ休みの期間をもらうなんて、そんなのは甘えだ」と思っていた。

しかし2ヶ月の休業期間を経て、2019年7月真夏の全国ツアーで活動を再開する事となった美月。
何故辞めずに活動を再開することが出来たのか。そこにはメンバーの存在があった。


3期生はもう運命共同体でひとりでも辞めたら全員が寂しがるって、みんな(3期生)が分かってる。 
誰でも辞めたいと頭をよぎったことはあると思うし、私もあります。 
でも心が折れかかった時に同期の中にいると安心できる、また頑張ろうと思える。 
辞めたいと言ったら泣きながら止めてくてるコ、泣きながら「あなたが幸せになれるんだったら止められない」と言ってくてるコもいた。 
そういう存在だから。


「自分を犠牲にしてまでファンの方を幸せにしようという気持ちはアイドルとして正解なのか。
自分がファンの立場になって考えた時、一緒に幸せになりたいから、自分が応援している子が傷ついている姿は見たくない。」
すごくプロとしてダメなことをしていると気づき、楽になったという。



自分の1番熱い部分は崖っぷちに立たされてこそ

IMG_6954

アイドルとして、プロとして自らを追い込み続けてきた美月。

転換期にある乃木坂46で、センターというポジションを務めることになった。

そこで頑張れないと他に私にできることなんて何があるんだと思っている。
「自分の1番熱い部分は、ギリギリに立たされてこそ底力として見える。精神的には来るものはあるが、そうでないと自分が自分ではいられない」

アイドルとしての自分と、本当の自分との境界する曖昧になりながら、何故これほどまでに身を削るのか。
「自分を好きになるにはこの方法しかない。この場所にいたら、自分を好きになれる気がする。12、3歳の頃に直感で感じた事を信じてあげたいと思い今も仕事をしている。いっぱい働いて、色んな人に笑って頂けたらなと思います。」


乃木坂46の先頭に立つ美月。
自分たちの居場所を見つけるために、ただ走り続ける。
僕は僕を好きになる。






↑このページのトップヘ